東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3012号 判決 1968年6月28日
原告 有限会社三河製作所
右訴訟代理人弁護士 竹沢哲夫
同 根本孔衛
被告 株式会社協和銀行
右訴訟代理人弁護士 藤林益三
同 島谷六郎
同 山本晃夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、原告
「被告は、原告に対し、七四四、八三五円およびこれに対する昭和四二年一月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決および仮執行の宣言を求める。
二、被告
主文同旨の判決を求める。
第二、当事者の主張
一、原告
1. 請求の原因
(一) 訴外日本電子産業株式会社(以下、「訴外会社」という。)は、同会社振出、金額四四四、八三五円および三〇〇、〇〇〇円、支払期日いずれも昭和四一年一〇月一五日の約束手形二通につきその所持人たる原告から満期に呈示をうけ、契約不履行を理由として支払を拒絶した。
そして、昭和四一年一〇月一八日、被告銀行上大岡支店は、右支払拒絶を訴外会社の信用に関しないものと認め、訴外会社に、取引停止処分を免れさせるため社団法人横浜銀行協会に手形不渡届に対する異議申立提供金として、右各手形金額に相当する計七四四、八三五円を提供したが、その提供に際し、同日、訴外会社は、被告銀行上大岡支店にこれに見合う各同額の金員を預託した。
(二) 原告は、訴外会社に対する右手形金債権七四四、八三五円につき、横浜地方裁判所において、勝訴の確定判決(昭和四一年(手ワ)第三三〇号約束手形金請求事件)をえて、同判決に基づき、同裁判所に、訴外会社が被告に対して有する前記二口の預託金返還請求権の債権差押命令(同裁判所昭和四二年(ル)第三九号)および転付命令(同裁判所同年(ヲ)第四四号)を申請し、昭和四二年一月二九日右各決定がなされ、同命令は、同月二〇日第三債務者たる被告銀行上大岡支店に送達された。
(三) このような預託金は、当座預金普通預金のように、請求があれば、いつでも返還に応じなければならないものであり、預託の時から、つねに弁済期にあるものである。
(四) よって、原告は、被告に対し、右預託金合計七四四、八三五円およびこれに対する差押、転付命令送達の日の翌日である昭和四二年一月二一日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2. 抗弁に対する答弁
抗弁事実中、被告がその主張のような訴外会社に対する貸金を有していたことは知らない。その余は認める。
3. 再抗弁
(一) かりに、被告主張のとおりの自働債権があるとしても、原告は、横浜地方裁判所において、訴外会社の被告に対する本件二口の預託金返還請求権の仮差押決定(昭和四一年(ヨ)第八三二号)をえて、右決定は、昭和四一年一〇月二九日第三債務者たる被告銀行上大岡支店に送達された。
(二) このような仮差押がなされた場合、第三債務者たる被告が、訴外会社に対する反対債権を自働債権とする相殺をもって原告に対抗しうるためには、右反対債権の弁済期が、仮差押の前か、少くとも仮差押と同時に到来するものであることを要するが、被告の訴外会社に対する貸金債権の弁済期は、右仮差押より後の同月三一日であるから、被告はその相殺をもって原告に対抗できない。
(三) また、預託金は、一般の預金とは異なり、手形事故の解決に目的が限定された信託的なものであって、手形債権者が異議解決後これによって手形金の支払をうける期待を公的に保障する制度である。そして、銀行は、これを見返りに信用を与えるものではないから、この預託金については、本来、自己の貸付債権の回収のための正当な期待を有しない。したがって、本件のように手形債権者から預託金に対し仮差押がなされた場合、銀行がこれに対し、相殺をしても、その相殺に関する期待は、手形債権者のした仮差押に優先させてまで保護すべきものではないから、銀行は、右の相殺をもって手形債権者たる仮差押債権者に対抗しえないというべきである。よって、被告は、その相殺を原告に対抗できない。
二、被告
1. 請求の原因に対する答弁
(一) 請求原因事実(一)は認める。
(二) 同(二)のうち、原告主張のような債権差押、転付命令が、原告主張の日、被告上大岡支店に送達されたことは認めるが、その余は知らない。
(三) 同(三)は争う。
被告の訴外会社に対する預託金返還義務は、被告が社団法人横浜銀行協会から前記異議申立提供金の返還をうけた時はじめてその履行期が到来する。そして、訴外会社は、昭和四一年一一月四日、同会社振出の別口の約束手形を不渡としたため、右銀行協会から取引停止処分をうけたので、前記異議申立提供金は、同日同協会から被告に返還され、同日、右履行期が到来した。
2. 抗弁
かりに、原告主張のとおりとしても、被告は、訴外会社に対し、手形貸付の方法により、昭和四一年九月五日に四、〇〇〇、〇〇〇円、同月二四日に三、〇〇〇、〇〇〇円を、いずれも弁済期は同年一〇月三一日との約定で貸し渡していたので、同年一一月四日付の書面をもって訴外会社に対し、右各貸金債権をもって同会社の右各預託金返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をし右書面はそのころ訴外会社に到達した。
3. 再抗弁に対する答弁
(一) 再抗弁事実(一)は認める。
(二) 同(二)の主張は争う。
第三債務者は、その反対債権の弁済期が仮差押当時まだ到来していない場合でも、その弁済期が、被仮差押債権たる受働債権の弁済期より先に到来するときは相殺をもって仮差押債権者に対抗できると解すべきであるが、被告の貸金債権の弁済期は昭和四一年一〇月三一日であって、前記のように訴外会社の預託金返還請求権の弁済期は同年一一月四日であるから、被告のした相殺は原告に対抗できる。
(三) 同(三)の主張は争う。
第三、証拠<省略>
理由
一、原告の請求の原因(一)の事実および原告主張のような債権差押、転付命令が、その主張の日、被告銀行上大岡支店に送達されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば原告がその主張のような確定判決をえていることが認められる。
二、原告は、訴外会社の被告に対する預託金返還請求権は、預託の時からつねに弁済期にあると主張する。
<証拠省略>によると、横浜手形交換所交換規則二一条は、手形不渡届が出された場合、不渡手形を返還した銀行がその不渡を支払義務者の信用に関しないものと認め、手形金額に相当する現金を異議申立提供金として提供して異議の申立をしたときは、取引停止処分を猶予するものとしていること、右異議申立は、支払義務者の依頼によって行なわれ、申立に際しては、支払義務者から、銀行が提供する前記異議申立提供金の「代り金」として、同額の金員を銀行に預託させること、右預託に際し、被告銀行と預託者との間では、異議申立提供金が被告に返戻された後でなければ、右預託金を返還しない旨約されること、横浜手形交換所では、右異議申立提供金は、(A)手形の支払義務者が別口の手形不渡のため取引停止処分をうけた場合、(B)手形事故未解決のままではあるが、取引停止処分をうけてもやむをえないものとして銀行から提供金の返還請求がなされた場合、(C)異議申立の日から三年を経過した場合の三つの場合に銀行に返還することになっていることが認められる。
このようなところからみると、いわゆる預託金は、手形の支払義務者が銀行に異議申立を依頼するについて、その支払拒絶が支払能力の欠如によるものでなくその信用に関しないものであることを明らかにし、かつ銀行が提供する異議申立提供金の見返資金とする趣旨で預託されるものというべきである。したがって、預託金は、原告の主張するように、預託金がいつでも返還を求めるものではなく異議申立提供金について前記のような返還事由が生じ、銀行が手形交換所から右提供金の返還をうけて、はじめて、銀行がこれを預託者に返還すべき義務を負うものと解すべきである。そして<証拠省略>によると、訴外会社が昭和四一年一一月四日、同会社振出の別口の約束手形を不渡として取引停止処分をうけたため、本件異議申立提供金も、同日被告銀行に返還されたことが認められるから、訴外会社の被告銀行に対する本件各預託金の返還請求権の弁済期は、同日到来したものというべきである。
三、そこで、被告の相殺の抗弁について判断する。
被告が訴外会社に対し、その主張のような相殺の意思表示をし、同意思表示がそのころ訴外会社に到達したことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると、被告は、訴外会社に対し、その主張のような貸付金を有していたことが認められる。
また、本件預託金請求権につき、原告主張のとおり、仮差押決定が発せられ、被告に送達されたことは当事者に争いがない。
そして、原告は、第三債務者たる被告の反対債権をもってする相殺は、右反対債権の弁済期が、仮差押の前か、少くとも同時に到来する場合でなければ仮差押債権者たる原告に対抗できないと主張するが、第三債務者は、その反対債権の弁済期が仮差押当時まだ到来していない場合でも、その弁済期が被仮差押債権たる受働債権の弁済期より先に到来するときは、民法五一一条の反対解釈により、相殺をもって仮差押債権者に対抗できると解すべきであるから、原告の右の見解は相当でない。
また、原告は被告に、相殺につき手形債権者たる仮差押債権者に優先して保護すべき正当な期待を有しないと主張する。しかし、預託金は、前記のように、当該手形の支払を担保したり、これに対する期待に保障を与えたりするものではなく返還事由が生じて異議申立提供金が返還され、異議申立の手続が終了した後においては、これを通常の預金等と別異に扱うべき根拠を見出すことができないのみならず、本件のような場合相殺に関する期待の保護について、双方の弁済期の先後をはなれた基準によることが適当であるとは認められないから原告の右の見解は失当というほかない。
そして、前記のとおり、被告の訴外会社に対する貸金債権の各弁済期は昭和四一年一〇月三一日であり、仮差押のなされた同月二九日よりは後であるが、受働債権たる本件各預託金返還請求権の弁済期である同年一一月四日より以前に到来することが明らかであるから、被告のした右相殺は仮差押債権者である原告に対抗できるものといわなければならない。そして、被告の有する(A)四、〇〇〇、〇〇〇円および(B)三、〇〇〇、〇〇〇円の二口の右貸金債権中いずれの債権をもって、(1)四四四、八三五円および(2)三〇〇〇〇〇円の二口の本件預託金返還請求権のいずれと相殺したかについては主張、立証がないから、民法五一二条、四八九条を類推し、右(A)の貸金債権中、二五四一九一円をもって右(1)の返還請求権と、一七一、四二九円をもって右(2)の返還請求権と、右(B)の貸金債権中、一九〇、六四四円をもって右(1)の返還請求権と、一二八、五七一円をもって右(2)の返還請求権といずれも対当額において相殺がなされたものというべきである。
結局、本件各預託金返還請求権は、原告がこれに対する差押転付命令をえたときはすでに相殺により消滅し、存在しなかったものといわなければならない。
四、よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却する<以下省略>。
(裁判官 菊池信男)